第5章 野菜のおいしさに関する文献調査結果
6.ほうれんそう
(1)えぐみ(アク)
 ほうれんそうのえぐみ(あるいはアク)については、シュウ酸が関係するものと考えられてきた。香川の総説(1983)によれば、シュウ酸は内葉(未熟葉)よりも外葉(成熟葉)に多く、葉柄部(茎とよく言われる)よりも葉身部(葉と呼ばれる場合もある)に多く含まれる。また、寒冷紗で遮光すれば、シュウ酸含量は低下した。

 えぐみとシュウ酸の関係については、和泉(2004)が、宮城県内の2地域で収穫されたほうれんそうを年間を通じて比較し、遊離シュウ酸の低い地域のほうれんそうの方がえぐみが弱いという結果を得た。一方で、和泉(1998)は調理条件を変えてえぐみを比較し、電子レンジ処理して水にさらした場合も、塩ゆでした後に水にさらした場合も、遊離シュウ酸含量は変わらないが、えぐみは前者で強かったとしており、えぐみの感じ方は必ずしも遊離シュウ酸のみに依存しないと考察している。 

 山田ら(2005)は、3品種について収穫時期と成分を比較した。収穫時期が遅れるほどシュウ酸含量は低下するが、アクについては一定の傾向がなく、またアクが弱いとする品種「リード」が他の品種に比べて、必ずしもシュウ酸含量が低いとはいえなかった。木矢ら(2005)は、栽培法間の比較を行い、露地栽培のものはシュウ酸含量が著しく高かったが、えぐみの評価は施設栽培のものと変わらなかったため、糖や他の有機酸の影響を考えている。

 上記のように、シュウ酸含量が高ければえぐみが強いとはいえない例もある。堀江・伊藤(2006a)は、シュウ酸は唾液中のカルシウムと口腔内で結合し結晶化することにより、口腔内を刺激すると考察した。そして、ほうれんそう茹で汁を舐めた時に舌に残る感覚をシュウ酸味とし、普通にほうれんそうを食べた場合にはシュウ酸味はクエン酸など他の成分にマスクされてあまりシュウ酸味は感じないと考察した。そして、えぐみはシュウ酸味とポリフェノール等に由来すると推測される苦味とに分離して考察すべきと主張している。

 ほうれんそうのえぐみはシュウ酸によるものと考えられてきたが、必ずしもシュウ酸の含量だけを測定すればえぐみが評価できるわけではない。

(2)ほうれんそうの食味
 山田ら(2005)は、ほうれんそう3品種の収穫期と成分を比較している。「パレード」と「リード」においては、還元糖含量が高いと甘味評点が高い傾向を認めた。また、甘味と総合評点の間にも相関があった。彼らはソモギー・ネルソン法で還元糖を測定しているが、同法では測定できないショ糖をほうれんそうは蓄積するため、解釈には疑問が残る。

 木矢ら(2005)は、冬季における露地栽培のほうれんそうは甘く、ショ糖を蓄積していることを認めた。また、寒締め処理すると甘くなるが、青木(2005)は同処理によりショ糖が増加すると報告している。成分の季節変動については、本居(2003)がまとめており、露地ものの場合では、糖含量は8月よりも12月が10倍高く、ビタミンC含量も12月が数倍高かった。ほうれんそうは朝収穫するよりも、夕方収穫する方が全糖含量が高く、予冷後5℃を4日間維持した場合には、朝収穫するよりも、夕方収穫する方がビタミンC含量も維持できた(土岐,2000)。

 清田ら(1996)は土耕、水耕と食味を比較している。水分、食物繊維、ビタミンC、シュウ酸等の測定も行ってはいるが、成分と官能評価との関係は明らかにしていない。廣田ら(2002)は土壌・肥料と品質の関係を解析している。その結果、有機質肥料区では、化学肥料区に比べて、硝酸、遊離アミノ酸含量が低く、アスコルビン酸、糖含量が高かった。さらに前者は後者よりも、甘味が強く、えぐ味が弱かった。一方で藤原ら(1999)は、成分分析の結果から、有機肥料の施用による品質改善効果はなかったとしている。岡崎ら(2006)は、硝酸イオン含有量と糖含有量に負の相関があることを認め、養液土耕により窒素肥料を制限することにより、糖含量が高く、硝酸・シュウ酸含量の低いほうれんそうの栽培が可能としている。

 調理との関係では、和泉ら(2005)はゆで水量を検討している。その結果、茹でる水の量が多いほど官能評価の風味と総合評価は低下した。テクスチャーについても茹で水量の増加に伴い低下した。破断強度測定による硬さの機器評価においても同様であった。

 堀江ら(2006b)は、東洋種、西洋種、サラダ用等多様な品種のほうれんそうを冬季に栽培し成分を比較した。その結果、良食味とされる東洋種が必ずしも糖が多くシュウ酸が少ないとはいえなかった。ただし、東洋種ではある種のフラボノイドと推測される成分が少ないことや葉柄が細いことが、おひたしに向く適性ではないかと推測している。

 ほうれんそうのフラボノイドについては、他の野菜と比べて特殊である。Bergquistら(2005)はほうれんそうの幼植物から12種のフラボノイドを同定し、最も高含量含まれるものは 5,3',4'-trihydroxy-3-methoxy-6:7-methylenedioxyflavone-
4'-glucuronideとしている。これらフラボノイドの抗酸化能について議論している報告は多いが、味との関係については触れられていない。

 ほうれんそうについては栽培法と成分の関係について解析した報告は多い。しかしながら、これを実際に官能評価して議論したものは多くなく、ショ糖を蓄積したほうれんそうは甘いであろうという推測しかできない。

 味とは直接関係ないが、安全性の面からは硝酸も懸念材料である。硝酸低減化のためには施肥窒素の制限が必要である(野菜茶業研究所,2006)が、これは収量減少にもつながる可能性はある。養液の適切なコントロールにより低硝酸化することで、糖、ビタミンC含量を増加し、一方でシュウ酸含量を低下できれば収量減を高品質化によって補いうるものと思われる。

  • 青木和彦(2005) 寒締めで増加するホウレンソウの甘み成分はショ糖である.平成16年度東北農業研究成果情報,
    http://www.affrc.go.jp/seika/data_tohoku/h16/tohoku/to04011.html
  • Bergquist S. A. M., Gertsson U. E., Knuthsen P., Olsson M. E. (2005) Flavonoids in baby spinach (Spinacia oleracea L.): Changes during plant growth and storage. J. Agric. Food Chem., 53, 9459-9464.
  • 藤原孝之・板倉元・吉川重彦・安田典夫(1999)有機肥料および堆肥の連用がホウレンソウの品質に及ぼす影響.食科工,46,815-820.
  • 廣田智子・永井耕介・福島昭・井上喜正(2002)土壌と肥料の違いがホウレンソウの生育および品質に及ぼす影響.兵庫農技研報,50, 41-46.
  • 堀江秀樹・伊藤秀和(2006a)ホウレンソウのえぐみはシュウ酸に由来するか.日調科誌,39,357-361.
  • 堀江秀樹・伊藤秀和(2006b)ホウレンソウ呈味成分の品種間差異.園学雑,75別1,348
  • 和泉眞喜子(1998)加熱条件によるほうれんそうのシュウ酸含量と食味の関係.尚絅学院短期大学研究報告,45,185-190
  • 和泉眞喜子(2004)ホウレンソウ中のシュウ酸およびカリウム含量の季節変動と調理による変化.日本調理科学会誌,37,268-272 
  • 和泉眞喜子・高屋むつ子・長澤孝志(2005)ゆで水量の違いがホウレンソウの食味やシュウ酸ならびにカリウム含量に及ぼす影響.日本調理科学会誌,38,343-349
  • 香川彰(1983)ホウレンソウのシュウ酸をめぐる諸問題(1)品質向上のための低シュウ酸化を中心として.農業及び園芸,68,797-803.
  • 木矢博之・浅野亨・中野智彦・安堂和夫(2005)冬季の栽培方法がホウレンソウの品質に及ぼす影響.奈良県農業技術センター研究報告,36, 13-20.
  • 清田マキ・関根康子・藤代岳雄・岡充・小泉典子(1996)土耕および水耕におけるホウレンソウの成分および生食の食味の差異.日本栄養・食糧学会誌,49, 107-112.
  • 本居総子(2003)作型や栽培方法が異なるホウレンソウの品質比較.野菜園芸技術,4, 23-26.
  • 岡崎圭毅・建部雅子・唐澤敏彦(2006)ホウレンソウにおける汁液硝酸イオン濃度の推移および糖・シュウ酸含有率に対する養液土耕栽培の効果.土肥誌,77, 25-32.
  • 土岐和夫(2000)夏どりホウレンソウの夕どりによる品質改善効果.食品の試験と研究,35,51-53.
  • 山田(田村)千佳子・鈴木綾乃・根岸千絵・岩崎泰史・吉田企世子(2005)日本栄養・食糧学会誌,58,139-144
  • 野菜茶業研究所(2006)野菜の硝酸イオン低減化マニュアル.http://vegetea.naro.affrc.go.jp/joho/manual/shousan/index.html


(野菜茶業研究所 堀 江 秀 樹)
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