タイトル<野菜の学校>
● 2011年度「野菜の学校」 ●
- 2011年4月授業のレポート -
【講義】

「ひご野菜」

ひご野菜セミナリオ代表 北 亜続子(きた あつこ)氏

 3月11日に東日本大地震が起きましたが、九州ではまったく揺れを実感できませんでした。実はちょうど、九州新幹線開通のイベントもたくさん準備されていたのですが、そんなことをしている場合じゃないと、すべて中止になりました。

 でも、こんな時だからこそ、西日本が経済を支え、活気をとりもどさなければいけないと思います。今日は、九州の元気を届けようと、お話しさせていただきます。


北 亜続子氏

◆熊本県の農業

 まず熊本県の農業の全体像について、少しお話しいたします。
 熊本県は、全国で認定農業者数3位、耕地面積13位、農業産出額7位、農業所得8位、そしてカロリーベースの自給率は61%となっています。
 平均温度が16.5℃と温暖ですが、寒暖の差が大きいため、冬野菜などは味が濃く、甘みが出るという利点になります。でも、年間降水量が2000mmと湿気が高いため、夏野菜が作りにくい環境になっています。熊本の特産としては、すいか、なすが全国1位の生産量を誇っています。

◆「ひご野菜」制定からの取り組み

 さて、ひご野菜です。2006年にひご野菜検討委員会が設立され、以下の4つのコンセプトの元、15品目が決定されました。

●ひご野菜コンセプト
 1.熊本で古くから栽培されてきたもの
 2.熊本の風土に合っているもの
 3.熊本の食文化に関わるもの
 4.熊本の地名、歴史に因むもの

●ひご野菜15品目
 ・熊本京菜・水前寺もやし・熊本長にんじん・ひともじ・ずいき・れんこん・水前寺菜・春日ぼうぶら・芋の芽・熊本赤なす・熊本ねぎ・水前寺せり・熊本いんげん・熊本黒皮かぼちゃ・水前寺のり

 そして、2007年にはひご野菜の各種調査、レシピ開発、PR活動などが始まりました。ロゴマークを公募し、決定もしました。また、この年はちょうど熊本城築城400年で、各種イベントもありましたので、ひご野菜を展示し、試食会を行いました。
 2008年以降、拡大イベントを展開し、冊子やPR用エコバッグ、タペストリーなどを作成しました。さらに、九州新幹線全線の開通で、企業や農業者と連携して、情報の収集と整理を進めているところです。

 それでは、各ひご野菜についてご説明していきましょう。

■熊本京菜
 藩主が加藤清正から細川家に移った際に、細川家が京都の食材をかなり持ち込んだようで、この京菜もそのひとつ。淡白であっさりした味わい。名を上げる縁起物の野菜として、熊本では正月の雑煮などにも使われます。

■水前寺もやし
 幕藩時代に将軍に献上されていた名産品として知られます。青かりという品種で、青っぽく、大豆の粒が半分くらいの大きさで、風味はまろやか、大豆もやしのような青っぽさがありません。清らかな湧き水を使った伝統農法で栽培されます。細く長く、芽が出ることから、縁起物として正月の雑煮には欠かせません。

■長にんじん
 太さ1.5cm、長さが1.2mほどにもなるごぼうのようなにんじんで、年に1度だけ、雑煮用に出回ります。甘みが強く、にんじん本来の味で、煮くずれしないのが特長です。元々は熊本市で栽培されていたのですが、今は菊地がごぼうの産地なので、種を渡し、3軒の農家で栽培されるようになりました。1本800円と高価なものでしたが、今年は400円程度に。ただ、生産者は希少価値を守るため、種は外に出しません。

■ひともじ
 九州は元々青ねぎですが、最近は白ねぎに押され気味です。ひともじは青ねぎ系統で、分けつした様が「人」のような形になるから「ひともじ」と呼ばれるようになったという説があります。春先が旬の、今も熊本で親しまれている野菜で、「ひともじのぐるぐる」と言って、折りたたんでぐるぐる巻いた形にして酢みそでいただくのが一般的です。ただ、若い人たちはヌルヌルしていやだと、作らない傾向があるのは残念です。

■ずいき
  加藤清正が保存食として袖に縫い込んで携行したり、城の畳に敷きこんでいたという言い伝えがあります。熊本の歴史を最も語る野菜ですが、一般の人は今はほとんど食べません。

■れんこん
  熊本といえば、馬刺しとからしれんこんが有名です。現在からしれんこんに使われているれんこんは、フヨウ、シャンハイといった品種で、茨城と同じ品種です。元々の在来種は熊本南部の人吉市にあったといわれ、熊本城のお堀に現存していることがわかりました。市としてはこれを栽培したいのですが、お堀は文化財であるために、手をつけられないのが現状です。
 からしれんこんのいわれは、3代目藩主であった細川忠利公が生来の病弱だったため、禅僧玄沢が滋養強壮になる食べものを賄い方の森平五郎に作らせたのが始まりとされます。功を奏して、平五郎は帯刀して城に上がることを許されたそうです。以後、森家の子孫が作り続け、「森からしれんこん」が老舗になっています。これは焼酎にも合います(笑)。

■水前寺菜
 沖縄のハンダマ、金沢の金時草と同じものです。細川家のお茶席の茶花、観賞用としてあったもののようで、熊本では食べ方を知られていないため、消費は多くありません。シャキッと感、ヌルッと感が独特です。

■春日ぼうぶら
 赤皮で糖度が高く、水分が多いため、煮くずれしやすいかぼちゃです。スープやスイーツ、シフォンケーキなどに向いていると思います。
 これは「おてもやん」にも歌われている野菜ですが、現物がなく、幻のひご野菜だったものです。ところが、熊本駅の近くの春日地区に住む夫婦が、納屋の整理で見つけた種を庭先で作っていたことがわかったのです。その種を分けてもらって、JAでも作り始め、今年からは家庭菜園でもできるようになりました。

■芋の芽
 絶滅寸前だったのをブランド化したもので、赤根ミヤコイモという昔からのさといもの芽を切って、1mくらい掘っておいた畑に植え、モミガラをたくさん使って日を当てずに育てます。栽培に手間がかかり、モミガラを集めるのも大変なので、生産者は4軒、市場出荷は3軒だけという貴重なものです。15分くらい下ゆでしないと、なかなかエグミがとれませんが、やわらかく、独特のヌメッとした食感が魅力です。

■熊本赤なす
 皮が赤く、身がやわらかく、種やアクが少ない在来種。生で食べると青リンゴの味、加熱するととても甘みが出ます。赤なすはトゲが出やすいので、熊本県の農業試験場が改良し、ひご紫という新しい品種が出回っています。

■熊本ねぎ
 京野菜の九条ねぎをもう少し大きく育てたもので、明治の頃から自家採種されてきました。火を通すと、甘みが強く、トロトロになります。ゆでて酢みそに、焼いたり、すき焼きにもよく合います。

■水前寺せり
 京せりの一種で、これも細川公が京からもってきた野菜。水前寺公園周辺の湧き水で、水に配慮して育てるためにこの名前があり、香りと色合いのよさが特長です。
 熊本市の人口は70万人、周辺を加えると100万人ですが、水はすべて地下水で賄われているという、大変贅沢な水事情です。熊本の水は大変評価が高いため、半導体や飲料メーカーの工場も誘致されています。

■熊本いんげん
 モロッコいんげんに似た平ざやで、連休明けから梅雨前までの短い期間に出回ります。自家採種の種を代々受け継いできた3軒の農家でしか栽培されていない、大変貴重な野菜です。

■熊本黒皮かぼちゃ
 元々は宮崎で栽培されていた早出しの日本かぼちゃを、戦後に熊本農業試験場が品種改良して普及させたもの。熊本の風土によく合うことからひご野菜と認定されています。

■水前寺のり
 藻の一種で、熊本市内「上江津湖」の発生地は国の天然記念物に指定されるほど稀少なもの。江戸時代には幕府への献上品で、今でも高級料亭で酢の物で出される程度です。常にきれいな水が循環している所でないと生育しないので、生産者は1軒のみ。水前寺のりに含まれるサクランにはヒアルロン酸がたっぷりだそうです。

 以上の15品目になります。

 これらをどう伝えていくかが大きな課題です。伝統的な料理であるひご雑煮は、するめとこんぶのだしに、丸もち、長にんじん、熊本京菜、水前寺もやしを使います。こうした食文化を大事にする一方、地元の料理人の方々にご協力いただきながら、新しい料理に使うなどの試みも進めています。

 また、例えば2軒しか生産者がいない熊本もやしは、生産者の方に、地元の農業高校の生徒さんに畝作り、種作りから生産までの栽培指導をお願いしました。できたもやしでひご雑煮を作り、みんなで味わいました。若い人が伝統野菜に取り組んでくれるような後継者作りも大事です。

 生産者の所得が保証されるように、行政も、また企業も連携しながらがんばっているところです。

 ひご野菜の現状をお話しできて、ありがとうございました。野菜にはストーリーがたくさんあって、本当におもしろいものです。こちらには江戸・東京野菜がありますが、熊本の野菜にも、さらに興味をもっていただければ幸いです。

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